祝!三陸鉄道リアス線「宮古〜釜石」間開通

3月23日より、三陸鉄道リアス線の「宮古〜釜石」間が震災以降、ようやく開通いたしました。
私の地元花巻に近い海岸として、学生時代は毎年訪れていた場所でもあります。

復興ということに関しては、積極的に参加してきたわけではないのですが、せめてもの気持ちとして、三陸鉄道に乗りに行こうと考えました。

24日朝、盛岡駅に着くと、なんと昨日から雪が降っているとのことで、粉雪が舞っていました。寒い!

その日は地元の弟宅を訪ねて1泊し、翌朝の早朝、始発電車で釜石に向かいました。
天気は快晴で、先頭車両に乗ったので、風景を見つつ、昔旅した事を思い出しました。


上記写真は、宮森橋梁(メガネ橋)を渡るところです。夜はライトアップしたりして、銀河鉄道的な写真が取られる撮影場所です。

JR線釜石駅の隣に三陸鉄道釜石駅がありました。三陸鉄道釜石駅は普通の駅という感じでした。

さて、釜石駅から、とりあえず宮古まで乗って見て車窓を楽しもうと思いました。


平日ではありましたが、開通間も無くとのこともあって、ほぼ満席状態でした。


宮古について街をぐるっと見て歩いたのですが、駅前交差点にある岩手銀行の入り口側に津波到達地の石碑がありました。


再び三陸鉄道に乗って宮古を出て、釜石方面に引き返し、浪板海岸駅まで行きました。



駅から海岸まで行ってみると、誰一人いない海岸に、グアムかサイパンかと思わせるようなエメラルドグリーンの海が広がっておりました。
しばしひととき、静かにいろんな事を考えました。


海岸から小高い丘に登ったところに浪板海岸駅があるのですが、その前にも津波到達の地という石碑がありました。
こんな高いところまで波は来たのですね。


釜石まで戻って、昔、橋上市場があったあたりをしばし散策しました。

車で鵜住居まで移動して、その日は鵜住居で宿泊しました。


朝、4時に起きて、市街地から根浜海岸まで歩いて行きました。昔通った海沿いの道路は水門工事で通行止めになってしまっており、山越えのコースを行くしかなかったので、距離的には2キロくらいなのですが、1時間以上かかりました。


根浜海岸についた時、待ってたかのような朝日が昇る瞬間に出会いました。

鵜住居の町に戻り、駅前の施設、うのすまいトモスをみて回りました。
鵜の郷交流館は、お土産やさんやカフェがありました。


生きた殻付きウニ1個300円って、安くない?

いのちをつなぐ未来館では、鵜住居を襲った津波の様子が展示されてました。当時の映像も公開されておりました。


たまたま、鵜住居駅で、お座敷列車の取材があった様子で、お座敷列車が駅を何度か出入りする様子をカメラマンが撮影したり、車掌さんが内部を見学させてくれました。


鵜住居駅から、工事通行止めになっている水門工事の方向に歩いて少し行くと、復興スタジアムがありました。

パノラマ左端が、朝に行った根浜海岸パノラマ左側に写っている堤防を反対側から見てる写真ですね。ということは、この水門から向こうがみんな海になってしまったということなのですね。

鵜住居の駅まで戻って来た時、やがて日は山の端に沈んで生きました。今日1日、鵜住居という町に滞在したのですが、空気も綺麗で、懐かしい潮の香りで、ちょっと昔を思い出したりもしました。

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